不登校やひきこもりは「すぐに解決すべき問題」なのでしょうか

不登校やひきこもりについて調べていると、
「どうすれば学校に戻れるか」
「社会復帰までのステップ」
といった情報が多く目に入ります。

けれど本当に、それは
今すぐ解決しなければならない問題なのでしょうか。

この記事では、支援の方法を提示する前に、
「不登校・ひきこもりをどう捉えるか」という視点そのものを、
一度立ち止まって考えてみたいと思います。

目次

不登校やひきこもりは「失敗」なのか

多くの場合、不登校やひきこもりは
「望ましくない状態」
「避けるべきもの」
として語られます。

しかしそれは、本当に
本人や家族にとっての「失敗」なのでしょうか。

社会は長い間、学歴や職業、収入といった
分かりやすい成果を軸に評価されてきました。

その文脈では、学校に行けないことや、
社会から距離を置くことは、
確かに大きな不利になります。

いま起きている「承認の格差」

ところが近年、社会の評価軸は少しずつ変わってきています。

どれだけ稼いでいるか、という「所得格差」以上に、
どのコミュニティに属しているか
どの程度、人とつながれているか
どれだけ承認されているか

こうした承認の格差が、
生きづらさを左右する時代になりました。

この視点で見ると、不登校やひきこもりの経験は、
単なる不利ではありません。

人とつながることの難しさや、
孤独の痛みを知っているからこそ、
他者と関係を結ぼうとする動機を持つ人もいます。

「褒める」ことと「承認する」ことは違う

支援の現場では、
「自己肯定感を高めるために褒めましょう」
と言われることがあります。

けれど、褒めることと承認することは、
まったく同じではありません。

褒めるとは、行動や結果に対して評価を与えることです。

一方で、承認とは、
何をしたかに関係なく、存在そのものを受け入れることです。

何かを成し遂げなければ認められない。
変わらなければ価値がない。

そうした前提の上にある支援は、
時に人を追い詰めてしまいます。

変わらなくても、関係は続いていい

不登校やひきこもりを
「そのまま受け入れる」という言葉は、
誤解されやすい側面があります。

何もしない。
放置する。
無責任である。

そう受け取られることも少なくありません。

しかし、
「変わらなくても関係は続いていい」
という考え方は、諦めとはまったく別のものです。

生きているだけでいい。
会えただけでうれしい。
今日何も起きなくても、また来ていい。

そうした関係の中でこそ、
人は自分のタイミングで動き始めることがあります。

居場所とは「支援のための場所」だけではない

私たちが考える居場所は、
支援や相談を受けるためだけの場所ではありません。

何かを話さなくてもいい。
目的がなくてもいい。
成果を求められなくてもいい。

ただ、そこにいてもいい場所です。

この活動の考え方や立ち位置については、
以下の固定ページで整理しています。

▶︎ 喫茶を拠点にした、地域にひらかれたフリースペースについて

最後に

不登校やひきこもりは、
「早く元に戻さなければならない状態」
ではないかもしれません。

苦しんだ経験があるからこそ、
人と関わろうとする力が育つこともあります。

もし今、一人で抱え込んでいる方がいたら、
「解決」よりも先に、
安心して存在できる関係があることを
知ってもらえたらと思います。

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この記事を書いた人

広島市東区にある地域活動支援センター「スマイル中山」です。

精神的にしんどいとき、「誰にも話せない」「どこに相談すればいいかわからない」と悩む方へ。
私たちは、ご本人もご家族も気軽に訪ねられる“安心の入り口”でありたいと思っています。

この記事では、そうしたお悩みに寄り添いながら、安心して過ごせる場所や相談の選択肢を紹介しています。

見学やご相談は、予約不要でいつでも受け付けています。お気軽にどうぞ。

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